2018/03/12 01:39

2011/3/11の東日本大震災から7年となりました。

今は亡き祖母の自宅が岩手県釜石市で、当時の津波で町は様変わりをしてしまいました。

大槌には、祖父のお墓があり、お寺も焼けてしまう悲しい日でした。

東京で何気なく毎日の生活を過ごしてしまい、この3月11日に改めて映像を見ると変わってしまった町に悲しくなります。

福島の原発により、いまだ避難生活を送られてる方々の映像を改めて見て、心情を思うととても心苦しいです。

当たり前の生活、大切な人や大切な物が失われてもなお、復興に向けて頑張っている姿に胸がつまります。

下の息子も20日には同じ七歳を迎えます。

避難所にいるのではないかと、ネット名簿で親戚を探したこと、ミルクを作るお水やオムツもなくなったこと、節電の中、予震の中授乳したこと、一生忘れないと思います。

町は復興に向けていますが、人々の心はまだまだ十分ではありません。誰のせいでもないので余計に悲しくなります。

避けられず、また大きな地震が起こったら……と考えてしまいます。

毎日を大切に過ごしていきたいです。_(._.)_